last updated 1997/07/12
第58話(全130話)
旅の目的地を決める
7 旅の目的地を決める
仕留めたマリイジをナイフで切り分けると、マリカはその場でふた切れほど焼いて食べ、残
りは陽射しに焼けた岩の上に並べて置いて、天火干しにした。こうしておけば、非常食の代わ
りになると、マリカは満足そうにピートに語って聞かせた。
王族のご猟場で、捕まりやすいように放たれた獲物を弓矢で仕留める、というようなお姫さ
ま御用達のハントではなく、自分の力量だけで、自分の食料を仕留めたのは、マリカにはこれ
がはじめてだった。だからとても嬉しそうだった。はじめて魚を釣り上げた時のぼくもこんな
満面の笑みをうかべていたのだろうとピートは思う。あの時、母さんは笑っているような泣い
ているような顔でぼくを見ていたけれど、いまなら母さんがあの時、何を思っていたのかわか
るような気がする。
「で? パピロ。あんた、アーバム族のところへ行くって、そう言ったの?」
ふた切れの肉の最後の欠けらをポンと口に放り込んで、マリカは尋ねた。パピロはコクンコ
クンと大きくうなずく。
「そうなんだ。おいら、仲間からよろしく頼むぞって言われちゃって」
〈何しに行くの?〉とフィンフィン。
「ご託宣をいただきに。決まってるじゃないか。嫌になっちゃうな、フィンクってのは飲み込
みの悪い連中なんだから」
心を詠むフィンクほど飲み込みのいい種族もいないはずなのだが、パピロは本気でうんざり
した顔をしてみせた。聞き手が悪いのではなく、語り手が要領を得ないだけなのに、パピロに
は自分を省みる、という習性はないらしい。いつも自分は正しく、相手が間違っている。そう
決めてしまっているのだから、パピロというのは本当に勝手きわまる生き物だ。
飲み込みの悪い連中のために、仕方なく、という感じでパピロは説明した。
「おいらの森は海のすぐそばにあるんだけど、ある日、海岸にグノートンが現れたんですよ」
「グノートン?」とピート。
「ほら、例の図体ばかりでかくて、そのくせ何をするでもなく海をボーッと眺めてる、あのグ
ノートンだよ。昔は海に住んでたらしくて、それをやたらと懐かしんでる。そんなに帰りたい
んなら、陸になんか最初から上がってこなきゃいいのにって、おいらは思うけどな」
「そのグノートンがどうかしたの?」とマリカは脱線するパピロの話を軌道修正する。
「そうそう、グノートンが珍しく海に向かって吠えたんですよ、グオオオッとね。それはもう
森が震えてひっくり返るかと思うほどの大声で。で、何事だろうってそばに行ってみると、グ
ノートンがこう言うんですよ。よくないことが起こるって」
「よくないこと?」とマリカの眉が上がる。
「どんなこと?」とピートが三才児のように尋ねる。
「それがわらない。わからないから森は大騒ぎになっちゃった。火山が噴火するのか、津波が
くるのか、それともひどい風邪でも流行るのか、それはもうみんな勝手な推測を喧々囂々と」
〈で、騒ぎを鎮めるために、アーバム族にお伺いを立てに行くことにしたんだね〉
フィンフィンが言うと、パピロは「そうなの、そうなの」とまた何度もうなずいた。
「さすが、フィンクは飲み込みが早いから、話し甲斐があるね」
「あの」とピート。「アーバム族って何? グノートンの親戚?」
「アーバムさんを知らない?」とパピロは頓狂な声を上げる。「これだから機械ってのは手に
負えないんだよね」
「アーバムはね」
マリカは三才の子供に諭すように、ゆっくりと言った。
「神の末裔だって、そう言われてる種族のことよ」
「神の末裔?」
「神族として、テオでも一目置かれた存在よ。質問があれば、アーバムに尋ねれば必ず答えが
得られるって、昔からそう言い伝えられてるの」
質問をすれば、必ず答えてくれる?
ピートはまじまじとマリカをみつめた。
だとしたら、アーバムさんとやらこそ、ぼくが是非逢わなきゃならない人じゃないか!
思うピートに、フィンフィンがそっと囁いた。
〈目的地がみつかったみたいだね、ピート〉
〈うん。でも、マリカと分かれて、あのパピロと一緒に旅するんだとしたら、気が重いな〉
ピートは正直、そう思った。確かに、自分に何があったのかを突き止めるためには、アーバ
ム族の力がぜひ必要だろう。だから何をさておいても、ピートはアーバム族のもとへ急がなけ
ればならない。それ以外に、進むべき道はない。わかってる。わかっていて、けれどピートは
マリカも一緒にきて欲しいと思った。一緒でないなら、ぼくもアーバム族のところへ行くのは
後回しにしてもいい、と思っていた。神の末裔に逢うことよりも、そしてヒナツバメのいた橋
脚の下へと戻ることよりも、いまはマリカと一緒にいたかった。
ピートはマリカをみつめた。
マリカに「じゃあ、あたしたちもアーバムの所へ行ってみよう」と言ってほしかった、そう
願った。その願いをフィンフィンがダイレクトにマリカの心へと送り込んだ。ピートの心がフ
ィンフィン経由でドンッと流れ込んできて、マリカは一瞬ビクンと体を震わせた。
マリカは驚いたようにマスターをみつめる。
いまの想いはいったい誰の想いなの? フィンフィンのじゃない。パピロのでもない。ワー
ターは我関せずの様子で洞窟の外で草をはんでいる。だとしたら、いまの想いは・・ぼくと一
緒にアーバムのところへ行こうよ、と熱烈に誘っている、その想いは・・誰から発せられたの
? マスター? まさか。機械に心があるわけない。それにマスターとは違う雰囲気があった
。たとえばそれは・・。
マリカの脳裏に、あのまぼろしの少年の姿が甦った。
そう。あの男の子の持っていた雰囲気に似ている。
マリカはそう思った。
マリカにみつめられて、ピートは怯まずにみつめ返した。
ふたりの視線をフィンフィンは、心と心に変えてぶつけ合わせた。
フィンフィンは思う。
ふたりは離れ離れにはならないほうがいい。まだ自分たちが気づいていないだけで、ふたり
は心の底で、相手を何よりも必要な人だと思いはじめているのだから。
心を読むフィンフィンは、その力で、ふたりを共にしあわせへと導こうとしていた。
フィンクは幸福を呼ぶ生き物だと、テオではそう言われていた。
(つづく)
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